2026.10.04 · PRODUCT · 20 min

Qual at Scale の行き先〜AIインタビューは社内へ、聞いた声はAIへ〜

AIが聞き手になる定性調査は、顧客に聞く市場でまだ伸びている。その外側で、社員に聞いて業務のコンテキストを集め、AIエージェントに渡す使い方が広がり始めた。Salesforce、YC とそのスタートアップ、UiPath の動きから追う。

AIが聞き手になり、定性調査を何百人にも回せるようになった

定性調査は、深く話を聞いて「なぜ」を掴むための調査だ。インタビューやフォーカスグループがこれにあたる。大勢に聞くならアンケートで、SurveyMonkey や Qualtrics のような道具が使われてきた。

深く聞くには人の手間とお金がかかるので、人数を増やせない。大勢に聞けば、自由記述の答えは浅くなりやすい。

ここ数年で、AIがインタビュアーになり、定性調査を定量調査並みの人数で回せるようになってきた。同じ質問ガイドで何百人と並行して話し、書き起こしから分類、要約までをAIが済ませる。タイトルの Qual at Scale は、こうした大人数での定性調査を指す言葉だ。「少ない人数に深く聞く」という定性調査の前提そのものを、変えようとしているプレイヤーがいる。

深く聞くか、大勢に聞くか

深い

インタビュー

深く聞けるが、人の手間とお金がかかり、人数を増やせない

Qual at Scale

AIが聞き手になり、深さと人数を両立させようとしている

浅い

—

アンケート

大勢に聞けるが、自由記述の答えは浅くなりやすい

少人数

大人数

縦は聞ける深さ、横は聞ける人数。筆者の整理。

市場調査という業界

a16z の記事(2025年6月)によれば、企業が市場調査に使うお金は世界で年間約1,400億ドルにのぼる。そのうちソフトウェアに回っているのは、ごく一部だという。

同じ記事は、従来の調査の進み方も書いている。回答者のパネルを集めるのに数週間かかり、そこから調査を実施し、結果を分析し、報告書を作る。コンサルティング会社に頼む大きな調査なら、数か月と数百万ドルかかることもあった。

日本では、日本マーケティング・リサーチ協会の経営業務実態調査が、2024年度の国内の市場調査の規模を約2,725億円と推計している。案件ごとに行う調査の売上のうち、インタビューのような定性調査は23.0%だ。その中ではデプスインタビュー(1対1の深掘りインタビュー)が47.4%、グループインタビューが29.2%を占める。デプスインタビューの約7割はすでにオンラインで行われている。

なぜAIで作り直されるのか

a16z の記事は「Faster, Smarter, Cheaper(速く、賢く、安く)」と題している。記事はこの変化を、人に払っていたお金がソフトウェアに移る流れの一つとして見ている。

速く、というのは、数週間かかっていた分析が数時間で終わるということだ。大きな発売の前に四半期ごとの調査で判断するのではなく、日々の判断にも使えるようになる。

安く、というのは、費用のかさむ人間の回答者集めに頼らずに済むということだ。そうなると、小さな会社にも調査の手が届き、データをもとに決められることの幅も広がる。

賢く、については、記事は主に合成ユーザーの話をしている。従来のパネルには偏りがあるが、インタビューや行動履歴をもとにしたAIのエージェントなら、もっと安定した答えが出せる、という主張だ。

記事は、AIが聞き手になる調査を第一の波、人を模したエージェントの社会をまるごとシミュレートする Simile や Aaru のような会社を次の波と位置づけている。一方で、精度を測る決まった物差しはまだないとも書いている。いまはマーケティングの責任者が、従来のコンサルティング会社の7割くらいの精度があれば十分と受け入れている段階だという。

費用と期間

Foundation Capital のレポート(2025年8月)は、ごく普通のユーザー調査でも、参加者を集めて話を聞き、示唆にまとめるまでに6〜12週間と$25,000〜65,000かかるのが当たり前だと書いている。そのあいだ企業は8種類ほどの業者を使い分けていて、ツールからツールへデータが渡るたびに、大事な細部が抜け落ちていくという。

同じレポートは、Listen Labs が Microsoft の Copilot についての世界中のフィードバックを1日で集めた例を挙げている。従来なら6〜8週間かかる作業で、費用も従来の約3分の1だったという。

規模

規模も変わった。Listen Labs は2026年1月の発表で、それまでに100万人以上にインタビューしたとしている。Salesforce の発表によれば、Listen Labs は5,000万人を超える調査参加者のネットワークを持ち、120以上の言語で調査できる。

質と限界

質についても研究が出ている。LSE の Friedrich Geiecke 氏と Xavier Jaravel 氏の研究(Review of Economic Studies 採択)は、1,000人近い参加者にAIでインタビューした。LSE のブログによれば、ハーバード大学と LSE で社会学を学ぶ博士課程の学生が書き起こしを採点したところ、AIによるインタビューの質は、平均的な人間の専門家が聞いた場合とほぼ同等だった。自由記述欄に書いてもらう場合と比べると、回答の語数は142%増えたという。

ただし、比べた相手は自由記述欄と「平均的な」専門家で、腕のいい聞き手を超えたわけではない。リサーチツールの Great Question のガイドは、Microsoft のリサーチャーの発言を引いている。AIは深掘りの質問はとても上手いが、話の途中で新しい考えを思いついて方向を変えるのは苦手だ、と。そのうえで、探索的なインタビューは人がやった方がいいとしている。

アンケートよりずっと深く、平均的な人間の聞き手に近い質で、人間には無理だった人数に聞ける。いまの Qual at Scale は、そのくらいの技術だと思う。

リサーチャーからは、AIのインタビューはまだまだだ、という声も多い。深さで腕のいい人間の聞き手と比べるなら、それはそのとおりだと思う。ただ、この記事で追いたいのは、その比べ方の外側で起きていることだ。後半で書くように、そもそもリサーチャーと比べる場面ではないところで、AIインタビューの使い道が広がり始めている。

顧客に聞くAIインタビューの会社に、報道では売上の約67倍の値段がついた

調達の流れ

この技術が最初に向かったのは、ユーザー調査と市場調査だった。Listen Labs は2025年4月に Sequoia の主導でシードと Series A を合わせて$27M、2026年1月に$69M の Series B を調達した。Outset は2025年6月に$17M、同年12月に$30M、Strella は$14Mを集めている。老舗の Qualtrics も、アンケートを対話の形にする Conversational Feedback を出している。

Salesforce の買収

そして2026年9月29日、Salesforce が Listen Labs を買収することで最終合意したと発表した。金額は公表されていない。交渉中の9月9日に、Business Insider は約20億ドルと報じていた。

売上との比較

同じ9月9日の TechCrunch によれば、Listen Labs の年換算の売上は約3,000万ドルだ。1月の Series B のときの評価額は約5億ドルで、その後、評価額約15億ドルで資金を調達する条件にいったん署名していたが、それを取りやめた。Salesforce との交渉が理由とみられるという。

報道ベースの数字で計算すると、約20億ドルは年換算の売上の約67倍になる。TechCrunch の記事では、Salesforce への売却交渉を経験したことのある人物が、67倍は高すぎると話している。

上場SaaS企業の売上倍率の中央値は、約2.9倍だという集計がある(2026年9月時点)。測り方が違うので単純には比べられないが、桁が一つ違う。この値段の理由は、次の章の Salesforce の発表文から少し読み取れる。

外側に広がる使い方

「AIインタビュー」と聞くと、いまでも大半の人はこの流れを思い浮かべると思う。顧客やユーザーにAIが話を聞き、リサーチャーやプロダクトの担当者が結果を読んで判断する。この話題に反応するのも、多くはリサーチや市場調査に関わる人たちだ。資金の動きを見る限り、この市場が縮む気配はない。

ただ、ここ1年ほどで、同じ技術がその外側にも使われ始めている。聞く相手が社員や退職する人になり、聞いた結果を人間だけでなくAIエージェントも読む使い方だ。顧客に聞く使い方はそのまま伸びていて、その横に、社内で聞いてエージェントに渡す使い方が加わりつつある。

AIインタビューは何に使われてきたのか。この2年ほどの出来事を使い道ごとに並べると、こうなる。

AIインタビューの使い道は、置き換わらずに増えてきた

  1. 顧客に聞く2025.04〜

    Listen Labs、Outset、Listen Labs Series B、Salesforce × Listen Labs

  2. 回答者を合成する2024.11〜

    スタンフォード大の研究、Qualtrics、Simile

  3. 社員・退職する人に聞く2025.11〜

    Sensay、Ontora、Sona8

  4. エージェントに渡す2026.04〜

    Ontora、YC Company Brain、UiPath Cartographer

  5. 2024.112026.09
横軸は2024年11月〜2026年9月。線は使い道ごとに最初の出来事から右端まで引いてあり、始まった使い道がその後も続いていることを表す。日付は各社の発表・報道・論文による。スマートフォンでは、使い道ごとに始まった時期と出来事をまとめて表示している。

Salesforce は、顧客の声をAIエージェントにも読ませようとしている

インタビューのデータの三つの行き先

年表の最後に置いた Salesforce の発表文には、Listen Labs で集めたインタビューのデータを何に使うつもりなのかが書いてある。

Listen Labs は、Salesforce のマーケティング製品(Marketing Cloud)と顧客サポート製品(Service Cloud)を補うものと位置づけられている。顧客がインタビューで話した内容を、Salesforce のマーケティングや顧客サポートの製品の中で使えるようにする、ということだ。

では、顧客の声を何に変えるのか。発表文の言葉では、「意思決定者のための示唆」と「エージェントのためのコンテキスト」だ。人が読んで判断するだけでなく、Salesforce の中で動くAIエージェントが、顧客対応やマーケティングの判断のときに読む材料にもなる。

発表文のもう一つの柱は、シミュレーションだ。実際の顧客の行動をもとにした仮想の顧客(発表文の言葉ではデジタルツイン)に答えさせて、新しい製品やメッセージへの反応を市場に出す前に試せる、としている。

つまり、インタビューのデータの行き先が三つある。人間が読む示唆、エージェントが読むコンテキスト、そして仮想の顧客の材料だ。一つ目は従来の調査の延長だが、残りの二つは、読み手が人間ではない。

インタビューのデータの三つの行き先

顧客インタビューのデータ

Listen Labs で集める

  1. → 意思決定者のための示唆

    読むのは人

    これまでの調査の延長

  2. → エージェントのためのコンテキスト

    読むのはAI

    顧客対応やマーケティングの判断で、エージェントが読む

  3. → デジタルツインの材料

    読むのはAI

    仮想の顧客に答えさせ、市場に出す前に反応を試す

Salesforce の買収発表をもとに整理した。

インタビューを材料にしたエージェント

三つ目の「仮想の顧客の材料」には、もとになった研究がある。合成ユーザーの Simile を創業した Joon Sung Park 氏らの論文(2024年11月)では、AIの聞き手が1,052人に2時間ずつインタビューし、その書き起こしから一人ひとりを模したエージェントを作った。

そのエージェントに米国の総合的社会調査(GSS)の質問に答えさせ、本人の答えとどれだけ一致するかを測った。本人自身も2週間後に答え直すと答えが少し変わるので、その一致度を100%とすると、論文の初版ではエージェントは85%ほどだったという。AIインタビューは、人間が読む調査の道具であると同時に、人を模したエージェントを作るための材料集めにもなっている。

合成ユーザーへの期待と疑問

この方向にも大きなお金が入っている。Simile は2026年7月に評価額$2Bで$200Mを調達した。Qualtrics も、消費者の回答をLLMで模す Synthetic Panels を出した。人間の回答者を集める場合の半分の費用で、数時間で答えが出るという。

一方、TechCrunch は Simile の記事で、地球上の80億人をシミュレートするという同社の目標を「荒唐無稽(preposterous)」と書いた。市場調査をするのは、そもそも人間が予測できないからだ、と。

顧客の側では、インタビューのデータをエージェントに渡したり、人を模したエージェントの材料にしたりする使い方が、調査の延長として始まっている。社内で起きているのは、同じことを社員を相手にやる動きだと思う。

YC は、AI自動化を止めているのは社内の知識だと言う

YC の Request for Startups

なぜいま社内なのか。一番はっきり言葉にしているのは YC だ。2026年夏のバッチに向けた Request for Startups(YC が「こういう会社に投資したい」と示す募集テーマ)に、パートナーの Tom Blomfield 氏が「Company Brain」という項目を書いている。

企業のAI自動化を止めているのは、もうモデルではなくドメイン知識だ、という書き出しだ。会社の大事なノウハウは、人の頭の中や、古いメール、Slack のスレッド、サポートチケットに散らばっている。会社が回っているのは、人間がそのありかをなんとなく覚えているからで、AIエージェントにはそれができない。

だから、散らばった知識を引き出して整理し、最新に保ち、AIが実行できる手順書(skills file)にする仕組みが要る、と書いている。

Blomfield 氏は5月末に X でこうも書いている。社員の9割を、会社の回り方をまったく知らない天才たちに入れ替えたらどうなるか。大混乱で、何も動かない。いまのAIはそういう感じだ、と。足りないのは、人の頭からドメイン知識を引き出して、構造化されたコンテキストとしてモデルに渡すことだという。

UiPath の創業者 Daniel Dines 氏も、2026年8月に出した本『The Work That Remains』で同じ問題を書いている。Forbes の紹介によれば、AIは人類の誰よりも多くを読んで職場に現れるが、毎朝まっさらな状態でやってくる。業務を動かしている知識の大半は記録されたことがないので、AIは会社の中では、業務を推測するしかない「聡明な部外者」だという。

YC 自身のやり方

面白いのは、YC が自分たちの組織でこれをどうやっているかだ。Blomfield 氏は YC のバッチ向けの講演(2026年5月公開)で、まず組織全体をAIが読める状態にしろ、と話している。

YC ではパートナーへのメール、Slack のメッセージとDMをすべてデータベースに入れ、ここ3〜4か月はオフィスアワー(創業者との面談)も録音している。彼の言い方では、記録されなかったことは、AIにとっては起きなかったのと同じだ。

同じ講演には具体例が二つ出てくる。一つは、パートナーの Harj Taggar 氏が、3か月分・約2,000時間の録音された面談をもとに、週末のうちに、YC の150ページのユーザーマニュアルを作り直した話だ。もとのマニュアルは5〜10年前に書かれたもので、新しい方がずっと良かったという。今後は毎月、新しく出たアドバイスを既存のマニュアルと突き合わせて、取り込むか捨てるかを決めていく。

もう一つは、社内のエージェントに投げられた質問のうち、答えられなかったものを別のエージェントが夜のうちに調べる仕組みだ。手順書やツールを直し、その変更を別のエージェントがレビューして反映し、翌朝には同じ質問に答えられるようにする。

記録がない会社では

もっとも YC の場合、材料はもともと記録に残るメールや面談だった。多くの会社では、肝心の判断や例外の扱いは、どこにも記録されないまま人の頭の中にある。記録に残っていない知識は、本人に聞かないと取り出せない。そこに、社員に聞く会社が出てくる。

会社の知識はどこにあって、どう取り出すか

記録に残っている知識

メール、Slack、サポートチケット、録音した面談、システムの記録

↓ 読む

YC 自身、Interloom、Celonis

人の頭の中にしかない知識

判断の理由、例外の扱い方、誰に頼るか、書かれていない手順

↓ 聞く

Ontora、Sona8、UiPath Cartographer

エージェントが仕事に使うコンテキスト

YC の Request for Startups と、各社の発表をもとに筆者が整理した。

AIが社員にインタビューして、業務の地図を作る会社が出てきた

コンサルの聞き取り

業務の実態を知るために人に聞く仕事は、これまでコンサルティング会社が担ってきた。PwCコンサルティングは2026年6月、コンサルタントがやってきた現場ヒアリングの一部を自社開発のAIエージェントに任せるサービスを始めた。社内の合意形成まで含めた構想策定の期間を、従来の半分、最短1カ月にするという。

YC のスタートアップ

スタートアップは、その聞き取りを丸ごと製品にしようとしている。Ontora(YC 2026年春)の一行紹介は「全社員にインタビューして、AIツールにコンテキストを渡すAIエージェント」だ。業務の手順、判断のルール、使っているツール、引き継ぎを地図にまとめ、そのままAIによる自動化に使えるようにする。

狙う顧客は、AI導入を計画している200〜2,000人規模の会社や、投資先の効率化を進めたいPEファンド、それに、これまで業務の可視化にコンサルティング費用を払ってきた会社だという。ローンチの投稿では、全員に聞いた結果と業務フロー図を24時間以内に返すとし、「アンケートではない」と強調している。

Sona8(YC 2026年秋)は、音声エージェントが社員一人ひとりと20分ほど話し、拠点やチームごとの業務フローと課題の一覧を作る。創業者たちは、大きなコンサルティング案件を回していたときに、関係者へのインタビューや合意づくりをしても、影響を受ける社員のごく一部からしか話を聞けていないことに気づいたという。

いまの使い手はコンサルティング会社や社内の変革チームだが、YC の一行紹介は「社員に音声エージェントで聞く、企業AIのためのコンテキスト層」になっている。コンサルタントが読むための道具として始まり、エージェントが読む基盤へ寄っていっているように見える。

大手の製品と、退職する人に聞く会社

大手も参入している。UiPath は2026年9月、Cartographer というエージェントを出した。手順書や方針、業務フロー図、作業の録画を読み込み、食い違いや抜けを見つけて、担当者に質問して埋める。製品ページの言い方では、既存の資料から分からないことだけを聞く。できあがった業務の地図(map of work)をもとに、コーディングエージェントが自動化の処理やテストを組む。

Dines 氏のブログによれば、この地図は三つの層でできている。一つ目は「計画された道」で、業務を構成するもの、仕事が本来どう流れるか、誰に何を決める権限があるか。二つ目は「踏み固められた道」で、経験のある人が例外を実際にどうさばいているか。三つ目は「記録」で、重要な判断ごとに、AIの推奨、根拠、そのとき使ったルール、誰がなぜ決めたか、その後どうなったかを残していく判断の記録だ。

手順書に書いてあるのは一つ目までで、エージェントに足りないのは二つ目だ、というのが UiPath の見立てだと思う。同じブログには「Cartographer drafts. It never approves and it never publishes.」とある。地図の下書きはAIが作るが、承認して公開するのは人だ。

業務の地図は、三つの層でできている

  1. 01

    計画された道

    業務の構成、仕事が本来どう流れるか、誰に何を決める権限があるか

    手順書や規程に書かれている

  2. 02

    踏み固められた道

    経験のある人が、例外を実際にどうさばいているか

    資料にはほとんど書かれていない

  3. 03

    記録

    重要な判断ごとの、AIの推奨、根拠、使ったルール、誰がなぜ決めたか

    実際の判断を残し、地図の見直しに使う

下書き

AI

承認・公開

人

実行

エージェント

UiPath の Daniel Dines 氏のブログ(2026年9月)をもとに整理した。

UiPath だけではない。Celonis は2026年5月、業務のデータやルール、判断の仕方をAIが読める形にまとめる Context Model を発表し、エージェントに欠けていた文脈の層だと位置づけた。SAP は2026年2月、業務プロセス管理の Signavio に、AIアシスタント(Joule)を載せた。調査会社の Gartner も2026年5月、プロセスマイニングの評価レポートを「Process Intelligence Platforms」として作り直している。

プロセスインテリジェンスは、システムの記録や操作の履歴から、業務が実際にどう流れているかを読み取る技術をまとめた呼び方だ。その中心にあるプロセスマイニングは、もともと業務改善のための分析に使われてきた。Forrester は2026年の予測で、プロセスインテリジェンスが、失敗したAIプロジェクトの3割を救うと書いている。エージェントに、業務の文脈と現場の実態を与えられるからだという。

大手はそろって、エージェントが動くための業務の定義を作るところに向かっている。どれも人に聞くことだけで作るのではなく、資料やシステムの記録から読み取る部分と組み合わせている。

人事向けソフトの Phenom は、2026年9月の自社イベントで、Role Analysis Agent を紹介した。ある職種が実際にどんな仕事をしているのかを、職務記述書からではなく、本人や上司、採用担当との会話からまとめる。不確かなところは人が確かめる前提だ。

聞く相手は、いま働いている人だけではない。Sensay は2025年11月に「AI offboarding」を出した。退職する人とAIの聞き手が音声で話し、資料も集める。それを、残った人が Slack や Teams から質問できるチャットボットにする。

共通しているところ

並べてみると、どこも聞いた結果をレポートで終わらせていない。地図や手順書やチャットボットにして、後任やエージェントがあとから使える形で残そうとしている。

業務ヒアリングは、施策のあとにもう一度聞く

人に深く話を聞くインタビューは、時間もお金もかかるので、これまでは節目にしかできなかった。AIが聞き手になって安く速くなり、同じ人に何度でも聞き直せるようになった。

その結果、インタビューが、業務の地図を最新に保つための仕組みとして回るようになってきた、と言えると思う。顧客調査についても、Foundation Capital は、費用が桁違いに下がれば、四半期ごとの案件だった調査が、常に回し続けるものになる、と書いていた。業務ヒアリングでは、その回し方がもっと具体的に見える。

Sona8、Cartographer、YC の例

Sona8 は、施策を実行したあとに同じ社員にもう一度話を聞き、本当に変わったのかを記録する。Cartographer の地図は、地図ごとに決めた責任者が承認し、変更の履歴も残る。UiPath のブログによれば、重要な判断とその根拠を残していく仕組み(Decision Ledger)も、プレビューとして示されている。YC のマニュアルは毎月更新され、社内エージェントが答えられなかった質問には翌朝までに答えられるようになる。

聞いてから、もう一度聞き直すまで。各社がやっていることを順に並べると、こうなる。

業務ヒアリングは、一周して戻ってくる

  1. 01

    聞く

    社員や退職する人に、音声やチャットで仕事のやり方を聞く

    Ontora、Sona8、Sensay、Phenom

  2. 02

    地図にする

    工程、判断のルール、例外、引き継ぎを、整理してまとめる

    Ontora、UiPath Cartographer

  3. 03

    承認する

    地図ごとの責任者が確かめて承認し、変更の履歴を残す

    UiPath Cartographer

  4. 04

    使う

    エージェントが判断のときに読む。後任がチャットで質問する

    UiPath Cartographer、Savant、Sensay

  5. 05

    聞き直す

    施策のあとに同じ人にもう一度聞き、本当に変わったかを確かめる

    Sona8

↺聞き直した結果が、次の地図に戻る
各社の発表と YC の企業ページの説明をもとに、工程の順に並べ直した。1社がすべての工程を持っているわけではない。

聞かずに、画面や業務の記録を見る会社もある

画面を見る会社

YC が自分たちでやっていることも、どちらかといえばこちらに近い。

Worktrace は、OpenAI でプロダクトマネージャーをしていた Angela Jiang 氏らが作った会社で、2025年12月に$9.3Mのシードを発表した。社員のデスクトップで動いて仕事ぶりを観察し、1週間ほどで繰り返しの作業を見つけて、自動化に向いている順に並べる。

Ontora と同じ YC 2026年春のバッチにいる Autostep は、サイトに「インタビューなし、コンサルなし、連携なし」と書いている。screenpipe(YC 2026年夏)は画面と音声を手元で記録し、チームの繰り返しの作業を手順書にしたり、ボトルネックを探したりする。GodHands(YC 2026年秋)も、書き残されない手順や判断、例外を仕事そのものから拾い、担当業務の引き継ぎやオンボーディングに使うとうたっている。

記録を読む会社

Interloom はサポートのメールやチケット、通話の書き起こしを読み込み、社内で問題が実際にどう解決されているかをまとめる。2026年3月に$16.5Mを調達した。CEO の Fabian Jakobi 氏によれば、業務上の判断の約7割は一度も文書になっていないという。

Encore AI は、社員と顧客の通話やメールを分析して、うまくいった話し方を見つけ、それで音声エージェントを訓練する。CEO は TechCrunch に、エージェントが担当者と同じ冗談や逸話を口にすることもある、と話している。2026年7月に$30Mを調達した。

本人に聞くか、仕事ぶりや記録を見るか

本人に聞く

Ontora、Sona8、Sensay、Phenom、PwC

拾える判断の理由、例外の扱い方、困っていること

こぼれる本人が意識していない手順。語られる仕事と実際の仕事のずれ

両方

UiPath Cartographer

やり方資料や録画を先に読み、分からないところだけを担当者に聞く

仕事ぶりや記録を見る

Worktrace、Autostep、screenpipe、Interloom、Encore AI、YC 自身

拾える実際の操作の順番、繰り返している作業、かかっている時間

こぼれるなぜそうしたのか。画面や記録の外で起きた相談や判断

拾える・こぼれるは、各社の説明と Anthropic Interviewer の報告をもとにした筆者の整理で、比べて検証されたものではない。

語る仕事と実際の仕事

聞かれると、人は自分の仕事を、こう回っているはずだという形で語りやすいのかもしれない。Anthropic が AI の聞き手で1,250人に仕事でのAIの使い方を聞いた調査では、回答者が語ったAIの使い方は、自分の作業の補助が65%、作業の自動化が35%だった。同じ報告は、Claude の利用データ全体をタスク単位で数えると、補助が47%、自動化が49%だったとも書いている。対象の人も数え方も違うので、そのまま比べられる数字ではない。それでも報告自身が、本人の語る使い方は実際とずれうる、と注意している。

逆に、画面は実際の操作を映すが、なぜそうしたのか、画面の外で誰に相談したのかは映らない。

UiPath の Daniel Dines 氏は Reworked の記事で、業務フロー図が示すのは仕事がどう回るように設計されたかで、Cartographer は例外や判断も含めて実際にどう回っているかを掘り起こすものだ、と話している。

Cartographer が資料や録画を先に読み、分からないところだけを人に聞くのは、聞くことと見ることで、互いの取りこぼしを埋めるためだと思う。業務ヒアリングも、これからは資料や記録と組み合わせて使うのが当たり前になっていくのかもしれない。

業務ヒアリングでは、話した社員が翌日も同じ会社にいる

聞き手がAIで、相手と話して掘り下げる、という形は同じだ。でも、条件を一つずつ並べると、かなり違うものに見えてくる。

同じ「AIインタビュー」でも、条件がかなり違う

聞く相手

調査顧客やユーザー。多くはパネルなどから募集した、初めて会う人

業務自社の社員や、退職する人。話した翌日も同じ会社にいる

頼まれ方

調査調査への協力として応じる

業務会社から頼まれる。Sona8 は参加を任意としている

聞く回数

調査案件ごと。Foundation Capital によれば、1件に6〜12週間

業務施策の前と後。結果を反映して更新し続ける

できあがるもの

調査示唆のレポート、ハイライト、仮想の回答者

業務業務フロー、課題の一覧、業務の地図、手順書、チャットボット

読むのは

調査リサーチャー、プロダクトやマーケの担当者。Salesforce ではエージェントも

業務コンサルや変革チーム、後任、そしてエージェント

答えの確かめ方

調査人数を増やし、回答どうしを比べる

業務資料や画面の記録と突き合わせる

この記事で取り上げた各社の説明と報道をもとに、筆者が整理したもの。どちらの側にも例外はある。

読み手がエージェントになると

表の中でいちばん大きな違いは、「読むのは」の行だと思う。人が読むなら、深い気づきが一つ出てくれば、そのインタビューには価値がある。

エージェントが読むなら、話は少し変わる。抜けなく網羅されているか、資料や記録と食い違っていないか、誰がいつ確かめた内容かのほうが大事になってくると思う。各社が地図、承認、聞き直しの仕組みを揃えているのは、そのためなのかもしれない。

1章で、探索的なインタビューは人がやった方がいい、という声を紹介した。暗黙の知識を聞き出すのは、まさに探索的な仕事に見える。ただ、Cartographer は資料や録画を先に読み、分からないところだけを聞く。何を聞くかの見当を先につけておくことで、話の途中で方向を変えるのが苦手、というAIの弱点を補おうとしているのだと思う。

比べる相手がずれている

ここで自分の立場を書いておくと、自分の会社も、業務ヒアリングで業務のコンテキストを集めることに特化している。企業のコンテキストをどう集めるかは、以前「コンテキストレイヤーとコンテキストマイニング」にも書いた。ユーザーリサーチ向けのAIインタビューと似ている部分もあるが、違いは大いに感じている。

AIインタビューと聞くと、リサーチャーの仕事をAIが代わりにやる話を想像する人が多いと思う。でも実際は、そればかりではない。

インタビューやヒアリングは、もっと広い行為だ。リサーチャーが関わっていない場面は、いくらでもある。社員から業務のコンテキストを集める業務ヒアリングは、その最たる例だと思う。

採用面接もその一つだ。Mercor のAI面接官は、1日に約1万件の面接をこなしている。

業務ヒアリングをしているのは、業務に詳しく経験も豊富な人たちだが、リサーチやインタビューの専門家ではない。コンサルタントのこともあるし、業務改革推進部やDX推進部の人が自分で聞いて回ることもある。数で見れば、むしろ後者の方が多いのかもしれない。

そう考えると、AIの聞き手をプロのリサーチャーと比べてどうか、という議論は、ほとんどの場面で比べる相手がずれていると思っている。

実際、自分たちがこの1年で回してきた、かなりの数のAIヒアリングの中にも、もともとリサーチャーがやっていた案件は一つもなかった。リサーチャーの仕事を否定したいわけではない。業務ヒアリングの多くは、リサーチャーが担ってきた仕事ではない、というだけだ。

もちろん、本当に核心の部分を深く聞き出す、という意味では、腕のいい人間の聞き手に敵わない面は多々あると思う。ただ、社員が数千人いる企業で、その全員に人が話を聞いて回ることはできない。

それに、大規模に聞こうとするほど、AIの方が向いている面もある。一度設定して教え込んだ聞き方は、ある意味で変わらない。人間のように辞めることも、教わったことを忘れることもない。モデルの性能が落とされる、いわゆるナーフはあり得るかもしれないが。

全社の業務を診断するような使い方は、プロのリサーチャーがやる定性インタビューとは、別のジャンルの仕事だ。

話した内容の行き先

もう一つ大きいのは、話した人がその後もそこにいることだ。顧客調査の回答者は、答え終われば離れていく。社員は話した翌日も同じ会社で働いていて、話した内容は、自分の仕事を自動化する材料になるかもしれない。

Sona8 の調査から

Sona8 の創業者たちは、普通のインタビューより率直に話しやすいと感じる社員もいる、と話している。参加は任意だという。

同じ記事によれば、専門サービス企業の数百人の知識労働者に聞いたところ、若手は先輩ほど、AIの出力を批判的に確かめていないと話す傾向があった。先輩は人の仕事をレビューしてきた習慣をAIにも当てはめているのではないか、という見立てだ。

同じ記事は、誰がデータを見られるのか、個人が特定される情報をどう扱うのかを社員にはっきり伝える必要がある、とも書いている。

最初から記録が残る会社なら、聞く必要はなくなるのか

先の Blomfield 氏の投稿に、Paul Graham 氏はこう返している。

“最初からAIを使って育つ会社では、この問題は自然に消えていくだろう。人の頭からドメイン知識を引き出す必要はない。そもそも一度も人の頭に入ったことがないのだから。”

— Paul Graham(Xへの返信、2026年5月30日)

YC がメールも面談も記録しているのは、この方向の一歩だと思う。判断や手順が最初からAIの見える場所で行われる会社なら、あとから聞き出す必要はたしかに薄れる。

ただ、いまある会社のほとんどは、人の頭と Slack で回ってきた会社だ。少なくともしばらくは、聞いて地図にする仕事はなくならなさそうに思う。記録だけで足りる会社がどのくらい増えるのかは、正直よく分からない。

AIインタビューは、顧客の声を聞く道具として育ってきた。その使い道はいまも伸びている。その外側で、社員に聞いて業務のコンテキストを集め、エージェントに渡す使い方が広がり始めている。聞く相手も、結果を読む相手も、まだ増えていく途中なのだと思う。

Sources

  1. noteコンテキストレイヤーとコンテキストマイニング 〜AIエージェント時代に、企業のコンテキストをどう集めるか〜 ↗
  2. ForresterPredictions 2026: Automation At The Crossroads ↗
  3. ForbesUiPath's Daniel Dines Says AI's Real Limit Is That It Can't Learn On The Job(2026-08-27) ↗
  4. CelonisCelonis Launches the Context Model(2026-05-12) ↗
  5. SAPJoule with SAP Signavio Solutions Now Generally Available(2026-02-10) ↗
  6. SAPSAP Signavio in the Gartner Magic Quadrant for Process Intelligence Platforms(2026-05) ↗
  7. MercorEngineering Monty: Scaling an AI Interviewer(2026) ↗
  8. a16zFaster, Smarter, Cheaper: AI Is Reinventing Market Research(2025-06-03) ↗
  9. 日本マーケティング・リサーチ協会第50回 経営業務実態調査(2025年6月) ↗
  10. Foundation CapitalHow AI agents will redefine market research(2025-08-12) ↗
  11. LSE Impact BlogAI can carry out qualitative research at unprecedented scale(2024-10-30) ↗
  12. Times Higher EducationAI chatbot can conduct research interviews on unprecedented scale(2024-11-20) ↗
  13. Friedrich GeieckeConversations at Scale: Robust AI-led Interviews(Review of Economic Studies 採択) ↗
  14. Great QuestionAI-Moderated Interviews Explained: When to Use Them(2026-02 更新) ↗
  15. AnthropicIntroducing Anthropic Interviewer(2025-12-04) ↗
  16. FortuneListen Labs raises $27M from Sequoia(2025-04-23) ↗
  17. Listen LabsListen Labs raises $69 million Series B(2026-01-14) ↗
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  20. Built In NYCStrella Raises $14M Series A(2025-10-17) ↗
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  24. CMSWireCan Qualtrics Close the Customer Experience Execution Gap?(2026-03-18) ↗
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  27. PublicSaaSCompanies.comSaaS Multiples Benchmarking(2026-09-29 時点) ↗
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  30. Y CombinatorHow to Build a Self-Improving Company with AI(YouTube, 2026-05-21) ↗
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  34. Y CombinatorOntora - Read your company like a book(Launch YC) ↗
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  36. AI JournalWhat employees tell a voice agent about how they use AI(2026-09-25) ↗
  37. UiPathEvery company already has a map of work. Most can't see it.(2026-09-23) ↗
  38. UiPathUiPath Cartographer: Build Your Map of Work ↗
  39. ReworkedUiPath's Cartographer Builds a 'Map of Work' for AI Agents to Act On(2026-09-24) ↗
  40. SensayIntroducing Sensay AI Offboarding(2025-11-10) ↗
  41. Y CombinatorSavant: Company brain every AI-native enterprise runs on ↗
  42. PwC JapanPwCコンサルティング、業務効率化診断のAIを活用したAIトランスフォーメーション支援サービス「Future Ready Workflow Design」を提供開始(2026-06-03) ↗
  43. PhenomPhenom AI Day 2026 Recap: Applied AI Accelerates Outcomes Over Systems(2026-09) ↗
  44. UpstartsOpenAI-Backed Automation Startup Worktrace AI Launches With $9M(2025-12-11) ↗
  45. AutostepUncover repetitive tasks ready for AI ↗
  46. Y CombinatorScreenpipe: Record how you work and turn that into agents(Launch YC) ↗
  47. Y CombinatorGodHands: Your company's operating model, learned from the work ↗
  48. FortuneInterloom raises $16.5 million in VC funding(2026-03-23) ↗
  49. TechCrunchEncore AI raises $30M to build AI agents that learn from customer calls(2026-07-29) ↗
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